こんにちは。Hanaoです!
前回の記事では、TOTOの「ウォシュレット」とINAX(現LIXIL)の「シャワートイレ」がいかにして日本の家庭に普及し、その裏で両社がどのような技術開発競争を繰り広げてきたかをご紹介しました。今回は、その競争のもう一つの側面である「知的財産戦略」、いわば「特許戦争」の様相と、それが製品の進化や市場にどのような影響を与えたのか、そして温水洗浄便座の未来について掘り下げていきます。
「特許戦争」の実態:それは法廷闘争だけではなかった
「特許戦争」と聞くと、法廷での派手な訴訟合戦をイメージするかもしれません。実際に、TOTOとINAXの間でも、2002年にはTOTOがINAXのタンクレス便器に対して特許侵害訴訟を起こした事例があります。この訴訟は、INAXの主力製品「サティス」の製造販売差し止めと損害賠償を求めるもので、約10ヶ月に及びましたが、最終的には裁判所の和解勧告により、INAX側の主張をほぼ認める形で決着しました。

この一件は、両社のライバル関係の激しさを示す象徴的な出来事でしたが、温水洗浄便座における「特許戦争」の実態は、このような直接的な訴訟よりも、むしろ「水面下での特許網の構築と相互牽制」にありました。
両社は、自社の独自技術を守り、他社の模倣を防ぐために、膨大な数の特許を出願・取得してきました。それは、いわば自社の技術的「城」を築き、堀を深くする行為です。
- ノズル技術の攻防:
- TOTO: 1本のノズルで洗浄位置(おしり/ビデ)や水流(ワンダーウェーブ洗浄:水玉を連射し少ない水量でパワフルな洗浄)を変化させる技術、ノズル自体を除菌水で洗浄する「きれい除菌水」(特許第5093762号「ノズルキレイ」など)といった衛生面に配慮した技術で特許網を構築。
- INAX (LIXIL): おしり洗浄用とビデ洗浄用に2本の専用ノズルを持つ「レディスノズル」や、ノズルの先端を取り外して交換できる構造など、使い勝手と衛生面で異なるアプローチの特許を取得。
- その他の技術: 温水を作る瞬間湯沸かし技術、省エネ技術、便座の材質や汚れ防止コーティング技術(TOTOの「セフィオンテクト」など)に至るまで、細部にわたる技術で特許が複雑に絡み合っています。
最近の特許分析データ(パテント・リザルト社調べ)からも、この熾烈な知財競争の一端が垣間見えます。
- LIXIL: 「特許資産規模ランキング(窯業)」で上位にランクイン。幅広い分野で多くの特許を保有。
- TOTO: 「他社牽制力ランキング」で上位。TOTOの特許が他社(特にLIXIL)の特許出願を拒絶させる引用例として多く使われている。これは、TOTOの特許がLIXILの技術開発の「壁」となっていることを示唆します。
- 相互牽制: LIXILの特許もまた、TOTOの特許出願に影響を与えており、まさに「知財の睨み合い」が続いている状態です。
つまり、常に法廷で争っているわけではなくとも、お互いの特許を意識し、それを回避したり、時にはライセンス交渉をしたりしながら、ギリギリの技術開発競争を続けてきたのです。この緊張感が、結果として両社の技術力を高め、日本の温水洗浄便座の独自進化を促したと言えるでしょう。
競争がもたらした革新と現在の市場
このTOTOとINAX (LIXIL)の激しい競争は、日本の温水洗浄便座市場に何をもたらしたのでしょうか?
- 急速な技術革新と多機能化: 洗浄機能の向上はもちろん、脱臭、乾燥、便座暖房、自動開閉、節水、節電、さらにはスマートフォン連携や健康管理機能といった、驚くほど多様な機能が搭載されるようになりました。
- 品質向上と信頼性: 日本の消費者の厳しい目に鍛えられ、故障が少なく、長く安心して使える高い品質が実現されました。
- 市場の成熟と標準化: 温水洗浄便座は特別なものではなく、「あって当たり前」の住宅設備となり、国内普及率は80%を超えると言われています。(内閣府消費動向調査 令和6年3月調査では二人以上の世帯で81.8%)
現在の市場は、TOTOとLIXILの二強に加え、パナソニックも「ビューティ・トワレ」ブランドで独自の地位を築いています。パナソニックは、家電メーカーとしての強みを活かし、省エネ技術や「瞬間暖房便座」、汚れにくいステンレスノズルなどで差別化を図っています。

温水洗浄便座の未来:さらなる進化の可能性
国内市場が成熟期を迎える中、各社は新たな成長の軸を模索しています。
- グローバル展開: 「日本のトイレ文化を世界へ」という動きは加速しており、特にTOTOは欧米やアジア市場での高級ブランドとしての地位確立を目指しています。LIXILも、先進国向けの高機能製品と、開発途上国向けの簡易的で衛生的なトイレシステム(SATOブランド)の両面でグローバル市場を開拓しています。
- IoT・AIとの融合: スマートフォンでの操作や使用状況の記録、健康管理機能(尿検査など)といった、よりインテリジェントなトイレの開発が進んでいます。パナソニックは既に中国市場でWi-Fi搭載モデルを投入しており、LIXILも住宅設備情報をスマホで管理する特許などを出願しています。
- ユニバーサルデザインと健康志向: 高齢化社会に対応し、誰にとっても使いやすく安全なデザイン、見守り機能などが重要視されています。
- サステナビリティ: より少ない水量での洗浄、節電性能の向上など、環境負荷を低減する技術開発も継続的なテーマです。
日本の温水洗浄便座は、単なる「お尻を洗う機械」から、快適性、衛生、健康、そして環境への配慮までを包含する「生活空間の一部」へと進化を遂げようとしています。その背景には、TOTOとINAX (LIXIL) というライバル企業が、時には火花を散らし、時には互いを高め合う形で繰り広げてきた、長年にわたる技術開発と知財戦略の歴史がありました。
この「意外と熱い」戦いが、私たちの生活を豊かにしてきたことは間違いありません。次にトイレの便座に座るとき、少しだけその歴史に思いを馳せてみるのも面白いかもしれませんね。
なんでもよいので、気づいたことはお気軽にコメントください。ではまた!
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