こんにちは。Hanaoです!
【前回記事1/2】は、知的財産(知財)とSDGs・環境問題の基本的な関係や、環境技術に関する特許出願の世界と日本のトレンドについて見てきました。今回はその後編として、企業による知財の戦略的な活用事例や、地球規模で環境問題に取り組む上での知財制度の役割、課題、そして国際的な議論について、さらに深く掘り下げていきます。
企業の先進的な知財戦略:環境問題解決への貢献
環境問題への対応は、今や企業にとってコストではなく、新たな成長機会と捉えられています。その中で、知財を巧みに活用する企業も増えています。
- ダイキン工業の「R32冷媒」特許開放戦略: ダイキンは、自社が開発した地球温暖化係数の低いエアコン用冷媒「R32」に関する基本特許を、新興国を中心に無償で開放しました。これは、環境性能の高い技術を世界に普及させることで、地球全体の温暖化抑制に貢献するとともに、R32冷媒市場そのものを拡大させる狙いがありました。まさに、社会貢献と事業戦略を両立させた好事例です。
- ポイント: 特許を独占するだけでなく、あえて開放することで業界標準を形成し、より大きな市場と社会貢献を目指す「オープン&クローズ戦略」の一環と言えます。WIPO GREENにも登録し、国際的な技術移転を促進しています。
- トヨタ自動車のハイブリッド車技術特許の開放: トヨタも、ハイブリッド車(HV)に関する自社の特許約2万3740件を2030年まで無償で提供すると発表しています。これには、モーターやパワーコントロールユニット(PCU)、システム制御といった電動化技術の核心部分が含まれており、自動車業界全体の電動化を加速させ、環境負荷低減に貢献することが期待されます。
- ポイント: 自社の強みである技術を公開することで、サプライヤーを含めた他社の技術開発を促し、電動化技術全体の底上げと普及を目指しています。
これらの事例は、企業が自社の知財を社会全体の利益のために活用し、それを通じて自社の持続的な成長も目指すという、新しい知財戦略の形を示しています。
知財制度が地球規模の環境保全を促進するために:役割と課題
知的財産制度は、新しい環境技術の開発を促進する上で非常に重要な役割を担っています。発明者に一定期間の独占権を与えることで、研究開発への投資インセンティブが生まれるからです。
しかし、地球規模での環境問題解決という観点から見ると、いくつかの課題や論点も存在します。
課題1:途上国への技術移転とアクセス
- 問題点: 環境技術の多くは先進国で開発され、特許で保護されています。途上国がこれらの技術を利用しようとする際、ライセンス料が高額であったり、そもそもライセンスが得られなかったりする場合があります。これにより、途上国での環境対策が遅れてしまう可能性があります。
- 議論の方向性:
- TRIPS協定の柔軟性活用: WTOのTRIPS協定(知的所有権の貿易関連の側面に関する協定)には、公衆衛生上の危機などの場合に特許権の効力を制限できる「強制実施権」などの柔軟な措置が規定されています。これを環境技術にも適用すべきか、どの程度適用できるか、といった議論があります。
- 資金供与と技術協力: 先進国から途上国への資金援助や技術協力とセットで、特許ライセンス供与を円滑に進める枠組みの重要性が指摘されています。
- WIPOの取り組み: WIPO GREENのようなプラットフォームを通じた技術マッチングの促進。
課題2:イノベーションのジレンマ
- 問題点: 特許による独占が、かえってイノベーションの広がりを妨げるのではないか、という指摘もあります。特に、複数の特許技術を組み合わせなければ実用化できないような複雑な環境技術の場合、それぞれの特許権者との交渉が煩雑になり、開発が遅れる可能性があります(パテント・シックet問題)。
- 議論の方向性:
- 特許プールの活用: 複数の特許権者が自社の特許を持ち寄り、一括してライセンスを提供する「パテント・プール」の形成が、特定の技術分野では有効とされています。
- オープンイノベーションの推進: 企業が自社単独ではなく、大学や他の企業、スタートアップなどと連携して技術開発を進めるオープンイノベーションも、知見の共有や開発の加速に繋がります。
課題3:真に有効なイノベーションの促進
- 問題点: 特許出願件数が多いからといって、それが必ずしも地球環境の改善に直結する質の高いイノベーションであるとは限りません。時には、既存技術のマイナーチェンジや、いわゆる「グリーンウォッシュ」的な特許も存在し得ます。
- 議論の方向性:
- 政策的誘導: 政府が補助金や税制優遇などを通じて、真に環境貢献度の高い技術分野への研究開発を重点的に支援する。
- ESG投資の役割: 投資家が企業の環境(Environment)、社会(Social)、ガバナンス(Governance)への配慮を評価し、環境技術開発に積極的な企業に資金が向かうような流れを作る。
国際的な議論の場
これらの課題については、WIPOの定常委員会(SCP:特許法常設委員会、CDIP:開発と知的財産に関する委員会)や、国連気候変動枠組条約(UNFCCC)の締約国会議(COP)といった場で、各国の立場を反映した様々な議論が続けられています。
特に、途上国からは、先進国が持つ環境技術へのアクセス改善を求める声が強く、先進国は知財保護の重要性を主張するという構図が長年続いています。最近では、新型コロナウイルスのワクチンに関する知財の取り扱いが大きな議論となりましたが、気候変動技術についても同様の議論が起こりうるとして、国際的なルール作りや協力体制の構築が模索されています。
例えば、T20インド(G20の公式エンゲージメントグループ)の政策提言では、環境技術に関する知財の大部分をG20諸国が保有している現状を指摘し、途上国への技術移転を促進するためのIP改革や、より公平なアクセスを求める声が上がっています。
まとめ:知財を未来への架け橋に
知的財産は、環境技術イノベーションを促進する強力なエンジンです。しかし、その恩恵を一部の国や企業だけでなく、地球全体で分かち合い、持続可能な社会を実現するためには、知財制度の運用方法や国際的な協力体制について、常に知恵を絞り続ける必要があります。
特許データは、今どの分野で技術開発が活発なのか、どの国がリードしているのかを客観的に示してくれます。こうした情報を活用しつつ、地球の未来にとって本当に必要なイノベーションとは何かを考え、それを後押しする知財戦略を官民一体となって推進していくことが、これからの時代に求められているのではないでしょうか。
私たちの便利な生活は、多くの技術によって支えられています。その技術が、地球環境と調和しながら未来世代にも引き継がれていくよう、知財の役割に注目していきたいですね。
なんでもよいので、気づいたことはお気軽にコメントください。ではまた!
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